身体運動の巧みさを追及する -ゴルフパッティング課題を用いた距離感に関する研究-

掲載日2020.04.15
最新研究

人文社会科学部 人間文化課程
准教授 長谷川 弓子
スポーツ心理学

スポーツは長い歴史を通じて多くの人々を魅了し続ける人間の営みの一つです。スポーツの場においてみられる卓越した動きを理解する取組は、ヒトの能力の新たなる一側面を見出せる可能性をもっています。ヒトの高度な認知?運動能力を明らかにするために、脳科学、心理学、生理学、神経科学、工学などにおいて数多くの研究が行われてきており、私はスポーツ心理学の立場からヒトの「巧みさ」について研究しています。

スキルサイエンスの研究成果と距離感

スキルサイエンスをキーワードとする研究成果の蓄積により、優れた技能を有する者は、そうでない者と比べ、安定したパフォーマンスを発揮でき、パフォーマンスの正確性や再現性が高いという特徴をもっていることが明らかとなっています。また、そのようなエキスパートの巧みな動きを支える認知的特徴として、課題特有の情報に関する知識が豊富であり、選択可能な戦術に優先順位をつけ、それらを素早く選択することができることがあげられます。しかし、ヒトの心理量(主観)を記述することは難しく、例えば、エキスパートはどのように環境が読めるのか、未熟練者は何故わからないのか、を理解することはできていません。ヒトの巧みな動きを理解するために、私は距離感に着目し、行為者の知覚や情報処理過程にアプローチすることにしました。

スポーツにおいて求められるような優れた距離感を獲得?発揮するためには、環境から知覚された心理量を物理量(力量) に変換し、フィードバックによる誤差修正を行うという過程を繰り返し訓練する必要があります。距離感は「環境の中から必要な情報を抽出する能力」と「適切な方略を選択する能力」である環境を読む力と力量発揮の掛けあわせにより生成されると考えられます。しかし、距離感を評価する際、実行結果に直結する力量発揮のみが議論の対象となり易く、優れた距離感を獲得?発揮するために必要な他の要因と力量発揮との関わり合いは未だ不明です。そこで私は距離感を定義することを目標として、異なる技能水準を有するゴルファーに参加してもらい研究を進めています。

実験の様子

距離感の解明に向けての取組

我々の研究グループは、ゴルフパッティングを運動課題とし、ヒトの動きを高い時間分解能で撮影できる光学式動作解析装置を用いて、環境を操作できる実験を何度も行ってきました。具体的には、①実行局面の動き→②準備段階の動き→③運動の方略→④知覚という通常想定される情報の流れとは逆の順序でそれぞれの局面における問題の解明に取り組んでいます。はじめに、我々は学習の程度(技能水準)によって運動制御の解像度がどの程度異なるかということを調べました。プロゴルファーとハイレベルアマチュア選手に、0.9mから3.0mの間の様々な距離の標的に対して(0.3m間隔)パッティングしてもらいました。一般的に、ヒトは微細な力を精度よく発揮することが苦手ですが、プロゴルファーのクラブヘッド速度を調べると、彼らは隣接する距離に対してクラブヘッド速度をオーバーラップさせることなく、微細に打ち分けていることがわかりました。一方、アマチュア選手はプロと比べてホールイン数に遜色はないものの、隣接する距離への速度のオーバーラップが多く、速度制御能力がプロよりもはるかに劣ることが確かめられました(図1)。運動は、脳内で計画され、運動野から脊髄を通して指令が出され、筋が収縮することにより実行されますが、あらゆる階層でノイズの影響をうけます。したがって、運動を実行してみるまでは、どのような運動になるのかはわかりません。つまり、同一の運動を実行することはきわめて難しいのですが、長期の訓練によりプロはそれを見事に成し遂げています[1]。

図1  プロゴルファーとアマチュア選手のクラブヘッド速度制御の違い。実験に参加したプロ?アマ10名それぞれのオーバーラップの程度を示す。隣接する距離に速度のオーバーラップがなければ"1"と示される。例えば"2"の場合、隣接する2距離にオーバーラップがあることを示す。

次に、我々は準備局面で遂行される素振りに着目し、実打を素振りから予測できるかどうかについて調べました。その結果、驚くことに、プロゴルファーであっても素振りと実打では力の大きさとタイミングが全く異なることがわかりました(図2)。しかしながら、運動パターンは異なるものの、0.3mで変化する標的に"素振りなり"の速度で見事に対応していることがわかりました(図3)。つまり、素振りは実打の完全なシミュレーションではないものの、素振りによって実打の正確性をある程度予測できる可能性があることが示唆されました[2]。

図2 プロゴルファー1名の3.0 mからのパッティングの加速度プロフィール。ダウンスイング開始からインパクトまでを示す。黒色は素振り10打、赤色は実打10打を示す。
図3 プロゴルファー1名の素振りと実打の関係。色の違いは距離の違いを表す。

さらに、素振りの役割を明らかにするために、準備局面で遂行される素振りの強さ(大きさ)を実験的に操作して実打への影響を調査しました。その結果、プロ?アマともに適切な素振りを行ったときに最も正確にパッティングができることがわかりました。また、プロにおいては、適切でない素振りを行うと、素振りを行った強さ(大きさ)の方向に実打が引っ張られる傾向があること、一方、アマチュアにおいては、たとえ適切な素振りではなくとも、素振りを行った方がより正確にパッティングできることがわかりました。つまり、素振りの役割が技能の習熟度によって異なる可能性があります[3]。これは知覚-運動協調が必要な運動課題の機序の解明に貢献できる研究となりました。

現在、我々は行為者の方略と知覚の解明に取り組むために新たな実験を行っている最中です。距離感の機序を明らかにすることで、未熟練者の上達を妨げるボトルネックを理解し、運動学習に応用できることを目標としています。

文献
[1] Hasegawa, Y., Fujii, K., Miura, A., Yamamoto, Y. (2017) Resolution of low-velocity control in golf putting differentiates professionals from amateurs. Journal of Sports Sciences, 35(13), 1239-1246.

https://doi.org/10.1080/02640414.2016.1218037

[2] Hasegawa, Y., Fujii, K., Miura, A., Yokoyama, K., Yamamoto, Y. (2019) Motor control of practice and actual strokes by professional and amateur golfers differ but feature a distance-dependent control strategy. European Journal of Sport Science, 19(9), 1204-1213.  

https://doi.org/10.1080/17461391.2019.1595159

[3] Hasegawa, Y., Miura, A., Fujii, k., (2019) Practice motions performed during preperformance preparation drive the actual motion of golf putting. Frontiers in Psychology, 11, Article 513.

https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.00513